オリジナル小説 「うそ」2

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渡邊が企てた謀とは一体…。

早速、続きをどうぞ!



 「叔母から話はお聞きだと存じますが…」
 「えぇ。しかし、突然のことで、何と申し上げたらよいのか…」
 時子の父が返事に窮するのも無理は無い。突如舞い込んだ縁談話であるのだから。いくら『借金を全て肩代わりする』などと言われても、社会的地位がある男とはいえ、娘よりも二回りも年の離れた男の元に嫁に出すことには二の足を踏むというのが正常な反応というものだ。
 異常なのはこちらの方だ。いや、悪魔的とでも言おうか。相手の弱みにつけこんで、自分の欲望を満たそうとするのを悪魔的という以外に何と言おう。
 しかも私は、自分から申し出たのではなく、世話好きの叔母が勝手に進めた話である、と偽ったのだ。その分、余計始末が悪い。
 だが、時子を自分のものにできるのなら、悪魔にでも鬼にでも喜んで成り下がってやる。それが、この時の私の正直な心情であった。
 結局その日は明確な回答は得られなかった。おそらくそのままこの話は立ち消えになるものと思っていた。だが数日後、意外にも先方から『よろしくお願いします』との返事が来た。事態は余程切迫していたものと思われる。
 そして、時子と二人で会うことになった。私たちは銀座のキャフェで落ちあうことにした。
 
 久方ぶりに見た時子は、当たり前ではあるが私が知る袴姿ではなく、白いワンピースを着ていた。少し痩せたようだったが、美しさは少しも損なわれてはいなかった。
 「初めまして。実藤時子と申します」
 案の定、彼女は私を少しも覚えてはいない様子だった。それどころか、ひどく動揺しているようであった。
 「安心したまえ、何も怖がることはないさ」
 「え?」
 「私は君に指一本触れるつもりはない」
 自分を前にどぎまぎしている彼女を見ていたら、そんな言葉が無意識的に口を突いて出てしまっていた。本当は今すぐにでも彼女を抱きしめて、自分のものにしたい気持ちで体中はちきれそうだったが、自分の精神の醜さを打ち消すように、心にもないことを吐いていた。
 というかそんな大したものでもなく、単に彼女にいいところを見せようとしただけなのだ。結局、どう転んでも、どうあがいてみても、私は醜い男なのだ。
 「出来ることなら、借金を肩代わりしてあげるだけで終わりたいのだけれどね。だって、それじゃまるで君が借金の形みたいでしょう?だけれど、僕ももういい年だし、君も、ほら、年頃でしょう?だからって、叔母がうるさくってねぇ」
 また、人のせいにする。しかし、実際叔母は二言目には『縁談』と口うるさいのも事実だった。
 「えぇ」
 「だから、そう、君は僕の…家政婦さんのつもりで、ね?あぁ、そうだ」
 「はい?」
 「君、その…何だね?ほら、『想い人』のような人はいないのかね?」
 「え?」
 「いや、もしいたとしたら…」
 「いいえ、いません!誰も、そのような方は!」
 今まで、か細い返事しかしていなかった時子が急に大声で否定したので、私は大いに驚いた。私だけでなく、周りの客やウェイターも、びっくりしてこちらを見ている。
 「ごめんよ。変なことを聞いてしまったね。でも、もし、仮にそのような人がいるのなら、本当にお金だけで縁談の話は流すし、もし仮に私と夫婦になった後、そのような人が現れた場合は、いつでも私に言いなさい。私からその人に事情を説明してだね…」
 「あの…」
 「何だい?」
 「あなたには、いらっしゃらないのですか?」
 「え?」
 「その…」
 「あぁ、私は色恋には無関心でね。そういう瑣末なことに執心する暇がったら、書物を読んでいたい、という種類の人間なのだよ。だから、全く怖がることは無いさ」
 「そうですか…。良かった、あなたが本当に良い方で。時子は安心して“お嫁”に行けます」

 かくして、我々は祝言の日を迎えたのである。

 白無垢姿の時子は、内側から光を放つが如く、素晴らしかった。
 本当に、今にも縋りつきたいほど愛おしかったが、一方で、杯の乗った膳を勢いよくひっくり返してやりたい衝動にも駆られていた。
 このような卑劣な方法で妻を娶るなど、甚だ許されざる所業である。
 ただ、やはり私にはこの幸福を手放すことなどできなかった。
 
 私は時子に、自室を用意してやった。
 つまり、私と時子は寝所を別としたのである。
 「本当に、よろしゅうございますのね?」
 「あぁ。そういう約束でしょう?」
 「あなたは、本当にお優しい方ですのね」
 時子は私の歪んだ虚栄心を微塵も疑うことなく、素直に受け止めてくれていた。そして、そのことがむしろ私から、時子を抱く資格を剥奪していったのである。

 結婚当初、時子は私の身の回りの世話に大層手を焼いていた。
 私の両親は既に他界していたので、家のことは全て時子一人で賄っていた。花嫁修業をする間もなく嫁に来た彼女にとって、家の仕事は手に余るようで、失敗続きであった。
 特に料理が苦手なようだった。

 「申し訳ございません。ご飯、硬かったですわね…」
 「いや、これはこれで、うまいもんだよ」
 「すみません」

 「今度はおかゆになってしまって…」
 「僕はおかゆも好きだよ」
 「ごめんなさい」

 「今日はお魚を焦がしてしまって…」
 「気にすることは無いさ。生焼けよりずっといい」

 私にとって時子の失敗はかわいいものだった。むしろ、その度に時子をより愛おしくさえ思っていた。だが、彼女にしてみれば、妻として何一つ満足にできていないと感じるのも無理はなく、ある日、ついに泣きだしてしまった。

 「ご飯も満足にお作りして差し上げられなくて、時子は、時子は…」
 「泣かなくていいから、ほらね?仕方ないよ。学校に通って、これから花嫁修業という時に、このようなことになってしまって…。私も、それを承知で君をもらったのだから。ね?ほら、これで涙をお拭いな」
 そういうと私は時子に近寄り、手ぬぐいを差し出すと、無意識的に彼女の体を抱え込んだ。
 この時既に所帯を持って半月程経っていたのだが、思えばそれまでの間本当に彼女には“指一本”触れてはいなかった。
 はっと我に返り、すぐに離れようとしたが、時子は私に縋りつき、私の胸の中で泣いていた。 私も私で、まぁ、これくらいは大丈夫か、と思い直して、しばらく彼女の背中をさすってやった。
 「ごめんなさい。もう、泣きません」
 「いや、辛い時にはいつでもお泣き。でも、これくらいのことで泣くのはもうおやめね?」
 「えぇ」
 「君は、ここに、僕のそばにいてくれるだけでいいのだからね」
 「いるだけでいい家政婦なんていませんことよ」
 「あはははは」
 「何がおかしくって?」
 「僕は君に『家政婦みたいに思ってくれて構わない』と言っただけで、『家政婦になりなさい』と言った覚えは無いよ」
 「え?」
 「もしかして、それで家事がヘタクソなことを悩んでいたのかい?」
 「でも…」
 「『家政婦』と『家政婦みたい』では、君、全く別物だよ?」
 「まぁ!」
 「あははは。何だ、そんなことだったのか。はははは」
 「そんなにお笑いになって。ひどいわ!」
 「おや?こんどは拗ねるのかい?ぷりぷりおときだね?」
 「もう、知りませんことよ!」
 「あはははは。泣いているよりよっぽどいいや。ほれ、ぷりぷりおときー。ちょいとこちらを向いとくれな。おときちゃーん」
 「ふんっ」
 「あはははは」
 「まぁ、まだお笑いになって!」

 この日を境に肩の荷が下りたせいか、時子の家事は全般的に上達していった。
 だが、私の方は、時子と夫婦になってからと言うもの、すっかり不眠症になってしまっていた。考えてもみてもらいたい。自分が恋い焦がれた、愛しの君が一つ屋根の下で眠りについているのだ。やましいことを考えるなという方が無理というものである。
 こんなに辛い思いをするなら、いっそ結婚などしなければ良かった。毎夜そう思うのだが、朝起こしに来る時子の顔を見るにつけ、やはり結婚して良かった、とも思うのであった。

 ただ、不眠症のせいでやつれてしまい、時子は心配を募らせていたようだった。
 「あなた、体の方は良くって?」
 「あぁ、論文執筆で徹夜が続いたから少し寝不足なだけだよ。安心したまえ」
 「いいえ。夜はしっかり寝ていただかないと!」
 「いや、そう言われてもだな…」
 「お仕事があるなら、早く寝て、夜なべしていた分早くお起きあそばされてはいかが?」
 「え?いやー、それは…」
 「わかりました。では今晩から、時子が子守唄を歌って差し上げましょう」
 「へ?子どもじゃないんだから…」
 「一人でしかるべき時に眠れないのでは、子どもと同じではありませんか!」
 「いやぁ…」
 時子に寝所に来られては、いよいよ眠ることなどできやしない。というよりも何よりも、約束を反故にしてしまって、時子に嫌われる恐れがある。それだけは避けたかった。
 「子守唄が駄目なら、御伽草子でも読んで差し上げましょうか?」
 「参ったなぁ…」
 そう言う一方で、少しばかり楽しみでもあった。そして、その夜、時子は私の寝所へとやって来た。

~続く~