オリジナル小説 「うそ」3

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今夜、ついに時子が寝所にやって来て…。




 「さぁて、どうして僕を眠らせてくれるのかしら?お手並み拝見」
 「そうですわねー。あなたはどうして欲しいのです?」
 突拍子もない言葉に、思わずむせ返ってしまった。時子にして欲しいことと言えば、ただ一つだけなのだから…。
 「あら、大丈夫ですこと?埃っぽかったかしら?お掃除が足らなかったかしらね?今すぐお水を持って来ますからね」
 そう言うと、本当にすぐに水を持ってきて飲ませてくれた。
 「ありがとう。やっぱり、いいよ。君ももう寝て来なさい」
 「いいえ。あなたが眠るのを見届けるまで、時子はここから一歩も立ち去りません!」
 「君も、なかなか頑固だね?」
 「あなたには負けますわ」
 「いやいや、君の方が…」
 「そういうのを、頑固、というのじゃございませんこと?」
 「ははは。それもそうだな」
 「で?」
 「で?」
 「だから、時子は何をすればよくって?」
 「ん?そ、そうだな…じゃぁ、話でもしてはくれまいか?」
 「お話?『桃太郎』ですか?それとも『竹取物語』がよくって?」
 「いやいや、そんなものには興味がない。僕が聞きたいのは『おとき物語』さ」
 「はて、そんなお話ありましたかしら?」
 「ふふふ。君って子はしっかり屋さんか間抜けなのか、よくわからんなぁ」
 「え?」
  「僕は君の話が聞きたい、と言っているのだよ」
 「あぁ“おとき”物語、ね?」
 「そうだよ。だって、僕たちはこうして一緒に暮らし始めたけれど、お互いのことをてんでよく知らないじゃないか?」
 「それもそうですわね。じゃぁ、あなたさまからどうぞ」
 「どうぞって?」
 「だって、あなたがお知りになりたいんでしょう?そういう時はまずご自分からお話なさるものよ」
 「でも、僕を寝かすために君が話を聞かせてくれるのだろ?」
 「あ!そうでしたわね。すっかり忘れてましたわ」
 そういうと時子は舌をぺロッと出しておどけて見せた。その仕草がなんともかわいらしくって、それはもう本当に愛おしくって、それだけでどうにかなりそうな程だったが、やっとのことで平静を装った。
 「全く…じゃぁ聞かせておくれ」

 それから時子は自分の生い立ちを話し始めた。全く順不同で支離滅裂で、あっちに行ったりこっちに飛んだり、しっちゃかめっちゃかだったが、その方が彼女らしくて、彼女の半生を語るには理路整然とした口調よりも、よっぽど打ってつけのように思われた。
 何より、彼女の姿を、声を、仕草を堪能できて、それはそれはもう、申し分のない時間だった。
 だが、私も時子も本来の目的をすっかり忘れてしまって、気がついた頃には空は白け始めていた。

 「すみません。調子に乗って、長々と…」
 「いいや、夜を語り明かす、というのもまた、一興ではあるまいか。どうだい、いっそこのまま、朝飯までお話を聞かせてはくれまいか?」
 そう言って横を見やると、時子の姿が無い。びっくりして視線を下に落とすと、私の布団の上に倒れ込んですっかり眠りに落ちていた。
 「全く、しょうがない子だなぁ」
 無防備に寝ている時子を見ると、なんだか急に眠気が差して来て、私も時子の隣に倒れ込んだ。

 そして、二人仲好く見事に大寝坊してしまった。
 私は朝食もそこそこに身支度を整えた。
 「すみません、私のせいで…」
 「いやぁ、寝坊したおかげで久しぶりにゆっくり眠れて、すっきりしたよ」
 「もう、またそのようなことを…」
 「皮肉なんかじゃないよ。本当にそう思ってるんだ。その証拠に僕の顔を見たまえ。どうだい?」
 「確かに、幾分すっきりされているような…」
 「そうだろう?たまにこういうことがあったって、辞めされられるわけでもない。案ずることはないさ。なぁに、こっちは新婚なんだ。向こうが勝手に良いように解釈してくれるさ」
 「どういうことです…まぁ、もう朝からそのような…」
 そう言うと、時子の頬がぱっと赤らむ。
 「どのようなことさ。僕は『良いように』としか言っていないのだけれど、はてさて…」
 「もう、妻をからかう暇があったら、さっさとお仕事にお行きあそばせっ!」
 時子は玄関先で私の背中を力いっぱい押し出した。
 「行って来るよぉっとっと!」
 「あら、ごめんあそばせ?」
 「とんだ『細君』だよ、君は…」

 それから私たちは寝所を同じくした。無論、話をするだけでそれ以上のことは何もしなかった。だが、そのおかげで夜も、時子と結婚して本当に良かった、と思えるようになった。
 やはり、たまに強く時子の体を求めることがあるにはあったが、何より時子との語らいが楽しくて愉快で、気を紛らわすには余りある程だった。

 私の日課、ベンチでの思索、は結婚した後も続いていた。無論、そこは私にとってただ思索を巡らせる場所ではなくなったことは言うまでもない。
 大抵は昼下がりに訪れるのだが、この日は珍しく昼飯時より少し前にやって来ていた。
 いつものようにベンチに腰掛けると、前の広場で女学生たちが写生を行っていた。恐らくは時子の後輩諸君であろう。彼女たちの姿を見るともなく見つめていると『帽子の君』の頃の時子が思い出された。
 “おときちゃん”の姿を夢想していると、誰かが隣へ座る気配を感じ、ふっと我に返った。そして、隣へ目をやると、そこにはなんと時子の姿があった。もちろん、今の、ではあるが。
 「おときちゃん、なのかい?」
 「そうでなかったら、私は一体誰だとおっしゃるの?」
 そう言うと、時子はふふふと笑った。
 「どうして、ここへ?」
 「ほら、お弁当。お忘れでしたから」
 そう言うと、時子は私に弁当を差し出した。
 「あ、それはどうも。すまないことをしたね」
 「いいえ」
 「どうしてここがわかったんだい?」
 「たまたまですわ」
 「え?」
 「大学へ伺う前にこの公園をちょっと散歩しようと思って。ほら、まだお昼時には少し早うございますでしょ?」
 「それで、僕を見つけた、と?」
 「えぇ。こちらには私の学生時代の思い出がたくさんありましてよ」
 「へぇ、そうなの」
 「えぇ。毎日ここを通って登下校しておりましたの。学校この近くでしたのよ」
 その姿を毎日見ていた、いや、見に来ていたのだ、と。その頃から君を想っていたのだ、と、喉元まで出かかったが、やっとのことで飲みこんだ。そして、
 「それじゃぁ、僕たちはその頃からここで会っていたのかもしれないな」
 等とうそぶいた。
 「え?」
 「僕は君が女学生の頃よりもうんと前からここでの思索が日課でねぇ。そう言えば、たまに女学生の姿を見かけたような気がしないでもないが…」
 「その中に私がいたのかもしれませんわ!」
 「多生の縁、だね」
 「えぇ。素敵」
 「折角だから、ここでいただくとしようか?」
 「えぇ。ねぇ、ついでだからと私の分も持って来ましたの。ご一緒しても?」
 「もちろん」
 「ありがとう存じます。お外でお弁当だなんて、去年行った遠足ぶりだわ」
 そう言った時子の横顔はまさに、名を知らなかったあの頃の、女学生時分の顔そのものだった。
 「ねぇ。私以前より不思議に思うことがあるのだけれど…」
 弁当を食べ始めてすぐに時子が切り出した。
 「何だい?」
 「どうしてあなた、私が『おときちゃん』って呼ばれていたことご存知なの?」
 「ど、どうしてって…それはその…時子はおときちゃんと、相場が決まっているだろう?」
 「そうで、ございますか?」
 「あぁ、そうだ。そうなのだよ」
 縁談の話より前に私が彼女のことを知っていたことがばれれば、縁談自体私が仕組んだものだと悟られかねない。それだけは何としてでも避けたかった。
 「それはともかく、やはりいいものでございますね。お外でいただくお弁当」
 「あぁ」
 実にいい。外の空気に触れながら、楽しそうに握り飯を頬張る時子の姿は、実にうまかった。
 「気に入ったのなら、これからもここでお昼にしようか?」
 「え?でも、お邪魔じゃございません?」
 「ははは。そりゃ毎日、というわけにはいかんが、そうだな…月に一度なら構わんよ」
 「本当?ありがとうあなた…ふふふ」
 「どうしたの?」
 「ごはんつぶ」
 そう言うと時子は私の左ほほについたご飯粒を取って己が口に入れ、にっこりした。
 いい。実にいい。

 そんなこんなで私と妻との奇妙な夫婦生活はかれこれ一年を迎えようとしていた。

 「君、たまにはどこか遠くへ出かけてみようとは思わないかい?」
 ある日の朝食時に私はそう切り出した。
 「良いことね。素敵だわ」
 「じゃぁ、結婚して一年目のお祝いはどこか余所でしようか」
 「どこがいいかしらね…」
 「どうせなら、うんと遠いところにはしまいか?」
 「そうしましょう!どこが良くって?」
 「そうだなぁ…。君は京へは行ったことはあるかい?」
 「いいえ。私、家が商いだったものでしょう?だから、遠出らしい遠出はしたことがありませんの」
 「そうか…。だったらね、京の手前、近江の琵琶湖辺りはどうかね?」
 「琵琶湖って、とぉっても大きな湖なんでしょう?」
 「あぁ。琵琶湖のほとりにうちの別荘があるんだがね?」
 「是非連れてってくださいまし」
 「じゃぁ、早速日付を調節することにしようか」
 「まぁ!あなたと二人で遠出だなんて、素敵だわ!」
 時子は本当に子どものようにはしゃいだ。そして、それはそれは無邪気に私の後ろから抱きついた。危うく飲みかけの味噌汁をこぼすところであった。
 「ありがとう、あなた」
 「ん?そ、そうかい」
 私が少し戸惑っていると、今度は私の横に回り込み、急に神妙な面持ちになった。
 「私、あなたには本当に感謝しているのよ」
 「え?」
 「私、急に家があんなことになってしまって…。幼き頃より、蝶よ、花よ、で育ったものだから、何の苦労も知らなくて、どうしたらいいか本当にわからなくって…。実はね、私…その、身売り、することも考えていたんですの」
 「あ…」
 「だって、女が十分なお金を得るには、それしか他にないでしょう?」
 「君…」
 「でも、そんな時に、あなたが救いの手を差し伸べてくだすった。そして、全然至らない妻にもかかわらず、『いてくれるだけでいい』とおっしゃってくださって…。その上、遠出まで連れてってくださって。時子は、あなたのところへお嫁に来て、本当に幸せよ」
 「時子…」
 私はそんな妻を抱きしめずにはいられなかった。
 「よくってよ」
 「ん?」
 「いえ。あ、もうこんな時間!」
 「え?」
 腕時計を見やると、家を出なければいけない時間を5分程過ぎていた。
 「君は、『時子』という割に、僕を遅らせる名人だな…」
 「もう、いぢわる」

~続く~


もうちょっと、むずむずきゅんきゅんしてくださいね^ ^
次回、ぎーやなさんの“頑張り”をお見せできるかも、しれませぬ(//▽//)