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遠出することになった“私”と時子。
今夜、何かが起こる…かも?
一週間後、出発の日を迎えた。駅には私の叔母とそれから実藤家の父母、そして時子の女学校の同級生たちが見送りに来てくれた。
「それじゃ、行って参ります」
見送り人たちは、私たちの乗った汽車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けてくれていた。
私たちは、汽車の中でもあれこれとお喋りした。
「独逸に?」
「あぁ。いつか独逸に留学して、本格的に学びたいと、そう思っておるのだよ」
「その時には、是非に時子も連れて行ってくださいましね?」
「あぁ、もちろん。でも、怖くはないかい?」
「えぇ。あなたがいてくださるなら、時子はどこに行っても怖くありませんことよ」
「へぇ、それはそれは頼もしい」
「ふふふ。あなたは時子のことを随分な怖がりだと思っておいでのようだけど?」
「違うのかい?」
「いえ、まぁ確かに、どちらかというと怖がりですけれど…。でも、あなたは折に触れて『怖いかい』『怖くはないかい』『怖がることはないのだよ』と、そればっかりで」
「それは、奥さん、あながたご主人から愛されているからじゃぁないのかい?」
ふいに、向かいの席に座っていた老婆が口を出した。蜜柑を剥いている。
「そうなのかしら?」
「あぁ、そうとも。ほれ、お食べ。ほら、ご主人も」
「ありがとうございます」
「でも、あんまり子ども扱いが過ぎると思いませんこと?」
「いやぁ、見たところあなた方、年も離れているようだし…ご主人は奥さんのことが好きで好きでたまらないご様子じゃないかい?」
図星を突かれて、食べていた蜜柑の汁が気道に入り、危うく死にかけるところであった。
「ほぉらね?」
「その割りには…」
そう言うと、時子は顔を赤らめ、俯いた。
「ふふふ。まぁ、お二人ともかわいいことこの上ないねぇ。いやぁ、とんだお邪魔だったかねぇ」
「いいえ」
時子も私も全く本心で否定したのであるが、気を利かせてくれたのか、あるいは、本当に疲れてしまったのか、老婆はゆっくりと項垂れ、居眠りをし始めた。
私たちは老婆の午睡の妨げにならぬように少し小さな声で会話を続けた。自然と互いの顔が近付く。
「ねぇ、さっきのお話、必ずよ」
「え?」
「独逸のお話。必ず二人で行きましょうね?」
「あぁ、もちろん」
「まぁ、嬉しい」
「本当に君は、遠出が好きなんだねぇ」
「えぇ、好きよ」
こちらをすっと見据えて言われたもんで、その言葉の対象がまるで自分であるかのような錯覚を覚え、少々めまいがした。
「だって、わくわくするじゃございませんか。今もわくわくしているのよ」
「何もないところに行くのに、かい?」
「えぇ。いつも色々あり過ぎるところにいるでしょう?だから、かえってそういうところ、とても興味があるの」
「期待し過ぎないでおくれね。ほんっとうに湖以外、何もないのだからねぇ」
「えぇ。わかっていますわ」
汽車を乗り継ぎ我が別荘へ着いたのは、翌日の夕方頃だった。
「はぁ…。駅で弁当を買ってきて正解だったろう?」
「えぇ」
「明日、ボートで湖に漕ぎ出てみようか」
「いいわね」
「釣り竿も借りて、明日の晩は魚にしよう」
「まぁ、楽しみ」
私たちは疲れたので早々に夕飯を済ませ湯を使い、寝床の支度をした。
「今日は疲れたから、『御伽草子』はいらないね。汽車でもたくさんお喋りしたし」
「ねぇ、あなた」
「ん?何だい?」
「もしも、昨日あのご婦人がおっしゃっていたことが確かだったら…」
「ご婦人?あぁ、蜜柑の。で、彼女が何て?」
「だから、その…あなたが私のことを…」
「ん?良く聞こえないけれど」
そう言って私が近づくと、時子は私に抱きついた。
「私のことが好きで好きでたまらないのだったら、よくってよ」
「ん?」
「それとも、私のことがお嫌い?」
「え?」
「も、もしかして、あなた…殿方の方がお好きなのですか?」
「は?まさか、そんなこと…」
「で、でしたら…よくってよ…。いえ、抱いて!抱いてくださいまし。私のことがお嫌いでなかったら、そんなにお好きじゃなくても構いませんことよ。もしも、男色家などではございませんでしたら、時子を…抱いてください。お願い、抱いて…」
そう懇願する彼女の、涙に潤む瞳はこの上無い程に美しかった。
「時子…」
「こんなはしたない女はお嫌い、ですか?」
「嫌いなこと、あるわけなかろう。僕は君が、おときちゃんが、好きで好きでたまらないのだよ。もう、ずっとずっと前からね、おときちゃんが愛おしくて、たまらなくって…おときちゃん…時子…」
もう、自分が時子に何をどうしたのかよくわからないくらいに、気持ちのままに、激しく抱いていた。覚えていることと言えば、彼女の体が思っていた以上に柔らかかった、ということくらいだった。
何が何やらわからぬまま、気がつくと動悸が激しい己が体と、茫然と、それでいて至極満ち足りた表情の時子が並んで横たわっていた。
「時子…」
「やっぱり、来てよかったわ」
「あぁ」
「私、もう、ずっと前から良かったんですのよ」
「いやぁ、まさかそんなふうには」
「嫌な方の寝所になんて、参るもんですか」
「それは…気づいてあげられなくて、すまなかったね」
思い起こせば、何やら時子なりに合図を送ってくれていたような気はするのだが、頭から自分なぞ受け入れてもらえるはずもないと決め込んでいたので、全くそれを受け止めきれずにいたのだった。
「本当に、ごめんよ」
「いいえ。はっきり言わなかった私も悪うございましたの。でも…」
「はしたないと思われるのが、怖かったんだろう?」
「えぇ」
「僕もだよ」
「え?」
「求めて、君に嫌われるのが、大層怖くってねぇ」
「そうでしたの…」
「でもね」
「なぁに?」
「大抵の男は、貞淑な子が自分にだけみせてくれるはしたなさは大好物、というものなのだよ」
そういうと、私は時子を抱きしめた。
「まぁ」
「駄目かい?」
「よくってよ」
かくして我々は名実ともに夫婦となったのである。
「まぁ!昨日は暗くってよくわからなかったけれど、本当に広いのねー。まるで海じゃございませんか」
翌朝、私たちは遅めの朝食を摂り、湖へと足を運んだ。
「あぁ。だからここらの人も『うみ』と呼んでいるよ」
「えぇ、そうでしょうとも。ねぇあなた、早速ボートに乗りませんこと?」
「あぁ、そうしよう」
「元々僕のご先祖様はここいら一帯を取りまとめる豪族だったようでねぇ」
「それで別荘がこちらに?」
「あぁ。そう言った話は全く興味が無くてしっかり聞いていなかったものだからどういう経緯で現在に至るのか、定かではないのだがねぇ」
「そのような昔のことより、時子はあなたの話が聞きたいわ。ねぇ、お小さい時分はどのようなお子さんだったの?」
「え?よく覚えてないなぁ…」
「まぁ。私のことは根掘り葉掘りお聞きになる癖に、ご自分のことははぐらかされるのね」
「別にはぐらかしているわけではないさ…」
そうは言ったものの、私は確かにはぐらかしていた。少年時代の私は、自分でも全くかわいげを感じられぬ、ひねくれ者だった。そんな時代は思い出したくないし、時子にも知られたくはなかった。
「では、思い出されたら、お話してね」
「あぁ」
私が返事をすると、時子はボートを漕ぐ私にふいに口づけた。
「あ、危ないじゃないかぁ」
「安心してくださいまし。時子はあなたの全てが好きよ」
時子には、私が昔のことをあまり話したがらない理由の見当がだいたいついているようだった。
その日の夕食は宣言通り、湖で釣った魚にした。大漁とまでは言えないまでも、二人で食すには丁度いい量であった。
「囲炉裏なんて、初めてよ、私」
「そうかい?なかなかいけるだろう?」
「えぇ」
「時子」
「何でございましょう?」
「今日はその…甘味は、いただけるのかな?」
「え?ごめんあそばせ、気が利かないで。そのようなものご用意しておりませんの。お作りしたくとも、材料もございませんし…」
「いや、もうここにあるではないか」
「はい?」
私の言葉を真に受ける時子はより一層、その甘さを際立たせて、私を魅了した。そしてそんな彼女を私は抱きしめずにはいられなかった。
「あなた?」
「僕はね、この甘味が死ぬほど好きなのさ」
「あなたって、言葉遊びがお好きなのね」
「あぁ、おときちゃんの次にね」
「まぁ…」
私たちが家に戻ったのは、東京を出立してからちょうど一週間後のことであった。
~続く~
が、頑張ったでしょ(//▽//)
もってぃー的には「リゾート効果」とか言われそうだけどね。
なんか、そんな言葉で汚して欲しくないなぁ(><)