オリジナル小説 「うそ」6

初めていらっしゃった方で今後も遊びに来てやろうかと思って下さる大変奇特な方は是非「ぼくようびのトリセツ」(https://blogs.yahoo.co.jp/uzukinokimi/36144883.html)も合わせてお読みください。
随時コメント大歓迎!忌憚のない感想をお寄せいただければ幸いです♪
twitter(@bkz_bot)もヨロシクです♪
僕蔵さんのファンになったばかりで、どの作品からみたらいいかわからない、という方は当ブログの「正名僕蔵さんの出演作品一覧(https://blogs.yahoo.co.jp/uzukinokimi/36414279.html)」を参考になさっていただけると幸いです。



 「私ね、あなたの目がたまらなく好きなのでございます」
 あまりにも意外過ぎて、私は絶句した。
 「一見すると、とても冷徹そうなのだけれど、でもそれは、きっとあなたの頭脳が明晰なせいであって、よくよく見ると、子どものようにまっすぐで、それでいてとても温かくて優しい目をなすっていて…。そんなあなたを見るにつけ、時子の胸はときめいたものでございます…。まぁ、私ったらお客様の前で…」
 そう言うと、時子は火照った頬を両手で押さえ俯いた。
 「これでもまだ器量が悪いと、何だ?コムプレックスか?それを抱き続けるつもりかい?」
 「いや、全く持って、意外で…」
 「劣等感とは、とかくそういうものなのだよ。幻想、いや、妄想とでもいうべきかな?大抵は他人と比べて生じるのだろうがお前の場合、その頭脳と釣り合うかどうか、を判断基準にしてしまった結果だな」
 言われてみれば、その通りだった。私は、頭脳が秀でていたばかりに、他の部分に不満を抱いてしまっていたのかもしれない。
 「そういう俺だって、劣等感だらけだがな」
 「は?お前が?その容姿で頭も良くて、医者で…申し分ないじゃないか」
 「申し分ない、というのが悩みなのだよ」
 「とおっしゃると?」
 「女性が『近寄り難い』と、みな敬遠してしまわれるのですよ。実際、僕より容姿の劣る、と自分で思い込んでいた男が先に、しかもこんなに可愛いお嫁ちゃんをもらってるにもかかわらず、僕には縁談の話すら来ないんだよ。『もう既にいい人がいるに決まってる』とかなんとか勝手に決め付けちゃってさ…」
 「悩みと言うのは、人それぞれなんだなぁ」
 「あぁ。まぁ、俺にその気がないというのも婚期を遅らせている最大の要因でもあったのだが…あなたを見ていたら気が変わりましたよ、時子さん」
 「え?」
 「結婚というのも、案外悪くないみたいだ」
 「私を見て、でございますか?」
 「あぁ。こんな子がそばにいたら、毎日がどんなに愉快だろうか、とね」
 「おい、時子は駄目だぞ!」
 「ふんっ、わかってるよ。人のものを横取りしないといけないほど、困ってるってわけでもないしな。それに、時子さんは大丈夫だよ。お前のことを心の底から慕っているようだ。そうでしょう?」
 「えぇ、それはもう」
 「時子…」
 「それに何より、お前の変わりようにも驚いたよ」
 「俺が、変わった?」
 「あぁ。確かに未だにうじうじしたところは拭い切れていないようだが…見違える程明るくなったよ」
 「そ、そうか?」
 「ふっ、頭の方もな」
 「うるさい!お前は相変わらず一言多いな」
 「ふふふふ」
 「何が可笑しい?」
 「え?だって、お二人ともとっても仲がよろしくて。時子、妬いちゃうわ」
 「あははは。本当に奥方様はかわいらしい。こりゃ形振り構わず手に入れたくなるのも無理もない」
 「はい?」
 「おいっ!」
 「いや、こっちの話ですよ。それじゃ、僕はそろそろお暇しようかな」
 「どうして?もう遅いですし、今夜はお泊りになられてはいかが?」
 「いや、僕はそんな野暮な男じゃありませんよ。それに…」
 そう言うと、今出川は私の耳元で続けた。
 「おときちゃんがお前の顔が、目がたまらなく好きだ、と言ったときのお前…すぐにでも愛妻にしゃぶりつきたくてたまらないと、そう顔に書いてあったぞ」
 「な…」
 全くの図星だった。
 「もう、お二人でコソコソ何のお話です?時子にも教えてくださいましな」
 「いや、聞かずとも、割と近いうちにおわかりになられると思いますよ」
 「おい!」
 「もう、そうやってはぐらかそうったって駄目なんですからね!」
 「ははは。これ以上お叱りを受ける前にとっとと退散するとしよう…あぁ、そうだ。忘れるところだった。これ」
 そういうと今出川は私に名刺大の紙を渡した。
 「お前の住所か?」
 「あぁ、こっちは勤務先だ」
 「おぉ、ここは感染症研究の最先端じゃないか、すごいな!」
 「あぁ。大阪での研究が評価されてね。うちに来ないかと誘われたのだよ」
 「それで東京へ…大したもんだな」
 「いやいや。おときちゃんが素敵過ぎて、すっかり忘れてたよ」
 「かいかぶりですわ」
 「いいや、時子は素敵だよ」
 「まぁ、あなた…」
 「おい、そういうことは俺が帰ったのちにお願いするぜ」
 「申し訳、ございません」
 「いや…本当に君って子は…。じゃぁ、いつでも遊びに来いよな。あるいは、家の方が楽しいか?」
 「それはそうだな」
 「くっ、少しは否定したまえよ。まぁいいや、楽しそうで何より。気が向いたら、来いよな」
 「あぁ」
 「あ、もちろんおときちゃんだけでも大歓迎だからね」
 「え?」
 「お前は…そうだから嫁の来手がないんだよ!」
 「何だよ、偉そうに。姑息な手使いやがって、この野郎」
 「止めろよ、バカ野郎」
 「ははは。上手くやりやがったな。いや、結構結構!」
 「お前、酔ってるだろ?酔っぱらいは帰れ帰れ!」
 「じゃ、ご内儀、お邪魔しました」
 「いえ、何のお構いもできませんで」
 「おい、渡邊」
 「ん?」
 「良かったな」
 「あぁ」

 「愉快な方ね、今出川さん」
 客人が帰った後の片付けものをしながら時子が言った。
 「あぁ」
 「それに、とってもお優しくて…。やっぱり『類は友を呼ぶ』のね」
 時子はそう言ったが、それは少しばかり違った。自分が卑屈で陰気な男であるのを自覚していたので、努めて陽気な者どもとつるむようにしていたのである。

 「ところで、さっきの、何だね?あれは…本当なのかい?」
 「どれでございましょう?」
 「いや、だからね。その…僕の顔が…とかいうのは?」
 「もちろん!それが何か?」 
 言い終わるが早いか、私は時子に抱きついた。
 そして、先程悪友が予言した通りとなった。

 梅雨が明けてしばらく経ったある日、我々は大学の同僚の出産祝いに赴いた。早めに家を出て銀座の百貨店で祝いの品を買ってから宅を訪問する予定にしていた。
 昼食後、まだ少し時間があったので時子と二人、銀座の街を散策していた。そして何気に一件の仕立屋が私の目に止まった。
 「まだ時間も早いことだし、折角だから洋服でも誂えてみようか?」
 「えぇ、それがいいわ。私があなたにぴったりなものを選んで差し上げてよ」
 「いや、僕のではなくて、君のだよ」
 「え?ほんとに?嬉しいわ!でも、お高いんじゃなくって?」
 「案ずるな。私を誰だと思っている?」
 「それはそれは…お見逸れいたしました」
 時子にはいくら出しても惜しくはなかった。

 「生地は如何いたしましょう?」
 そう言うと仕立屋は生地の見本をいくらか取り出してきた。
 「仕上がりはいつぐらいになるのかね?」
 「そうでございますね…3カ月後、といったところでございましょうか…」
 「だったら、秋口というわけか…」
 「でしたら…これがよろしゅうございますわ!」
 そう言って時子が指し示したのは、茶色のツイード地だった。
 「君、ツイードが好きなのかい?」
 「えぇ。とっても!」
 やはりあの時、彼女が褒めたのは私ではなくて服の方だったのである。だが、もうそんなことはどうでもよかった。
 
 小一時間程で採寸は終わり、我々はその足で本来の外出の目的、同僚宅へと向かった。
 「まぁ、可愛らしいこと。お名前は?」
 「きよ、と申します」
 そう言うと、同僚の奥方、きよの母親は時子に我が子を抱かせた。
 「よろしくって?」
 「えぇ、もちろん」
 「おきよちゃんと言うのね?いい名だわ。本当に清らかなお子だこと」 
 赤ん坊は何を言われているのか全く理解していない様子でただただ微笑んでいた。
 「生まれて六月になるが、ようやく首がすわってきた頃でねぇ。まだ這うこともせんのだよ」
 きよの父親、小宮君が歯痒そうに言った。
 「そのうち、ですわよねー」
 時子がそう言うと、きよは今度は声を出して笑った。
 
 帰宅後、少し仕事を片付けてそろそろ寝ようかと寝所へ向かうと、縁側で時子が何やら感慨深げに夕涼みをしていた。
 隣へ座ると、時子が切り出した。
 「ねぇ、あなた」
 「何だい?」
 「そろそろお子ができてもいい頃だと、お思いにならなくって?」
 「え?まぁ、それもそうだね」
 確かに、私たちが初めて結ばれた夜から、もう十月程が経っていた。
 「ごめんなさいね、あなた」
 「何故謝るんだい?」
 「だって、あなたお子が欲しいんじゃなくて?」
 「え?いやぁ、まぁ出来たに越したことは無いが、特別欲しい、というわけでもないよ」
 「え?そうなのでございますか?」
 「だって、考えてもみたまえよ。僕たちは当初、『形だけの結婚』だったではないか」
 「でも、気が変わられたのではないかと。その…あなたは時子を…頻繁に…」
 そう言うと、時子は、俯いて目を白黒させた。
 「はははは。それは、ただ、僕が甘党なだけさ」
 「え?」
 「尤も、僕は“おときもち”一筋、だがね」
 そう言うと、私は時子を抱き寄せた。
 「まぁ。私はてっきり、あなたがお子を強く求めていらっしゃるものだとばかり…」
 私には新しい命を宿す、というような崇高な目的などなかった。私が強く求めていたのは結果ではなく過程だった。
 「白くて、柔らかくて、あったかくて、中には素敵なものがぎっしり詰まっていて。いくら食べても飽き足らず、知れば知るほど欲しくなる…僕はね、この“おときもち”の虜なのだよ」
 「まぁ、人をお餅呼ばわりしてっ!」
 「不服かい?」
 「えぇ。だって時子は、その…いつぞやの、何でしたっけ、コムプ…」
 「コムプレックス、かい?」
 「はい。その、コムプレックスなのでございますのよ。こう…全体的に、丸っこいのが」
 「なんと!そこが君の魅力なのにかい?」
 「だって、子どもの頃の渾名は“白豆狸(まめだ)”でしてよ」
 「白豆狸!はは。全く全く、言い得て妙だ」
 「まぁ、ひどいわっ!」
 「ごめんよ。でもね、子どものことは本当に気に病むことはないのだよ。僕は君がいてくれるだけで十分なのだからね」
 「あなた…よくってよ」
 「ん?」
 「お餅でも豆狸でも、あなたなら許して差し上げますわ」
 そう言うと、時子は私に口づけた。何度も、何度も口づけた。

~続く~

くれぐれもですが時子のモデルはぎーやなさんではないのです。
けれど、

「あなたの目がたまらなく好きなのでございます」

の件は、ちょっと、彼女に代弁してもらったような気がしないでもない~(//▽//)