オリジナル小説 「うそ」8

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 それからしばらく経ったある日、月に一度のベンチでの昼食にやって来た時子は何やら嬉しい様子であった。
 「何かいいことでもあったのかい?」
 弁当を広げながら私が尋ねると、時子は満面の笑みを浮かべて続けた。
 「きみちゃんと今出川さんね…ご婚約されたそうよ」
 「え?本当かい?」
 「えぇ。今朝手紙が届きましたの」
 「それは良かったねぇ」
 「えぇ。あなたのおかげよ」
 「僕の?」
 「だって、あなたが私の誕生日パーティを開いてくださったから、二人はお知り合いになられたのだし」
 「それもそうだね」
 「本当に良かったわ。女にとって、好きな殿方と一緒になること以上に幸せなことはありませぬもの…」
 その言葉を聞いて、私は無性に不安になった。確かに今は、時子は私のことを心から慕ってくれている。だが、それは後から育んだものであって、“好きで結婚した”というのとは少し、種類が違う気がした。
 誕生日パーティの日、時子は友人たちに「好きになったから嫁に来た」というようなことを言っていたが、それとて私を気遣ってのことであろう。
 「どうかなさって?」
 「え?いや…」
 「でも、私の方が幸せ者ですのよ」
 「何?」
 「だって…いえ、やはり止めておきましょう」
 「いや、そう言われると気になるではないか」
 「では、時子がおばあさんになったら、この場所でお教えするわ。きっと」
 「おいおい、それじゃ何年も後ではないか」
 「それまでのお楽しみよ。でも、今言えることは…」
 「何だい?」
 「時子は日の本一の幸せ者、ということでございます」
 「時子…それは違うよ」
 「え?」
 「日の本一の幸せ者は、この僕さ」
 「まぁ、あなたったら、ほんに負けず嫌いだこと」
 そう言うと、二人で大いに笑った。この時既に、魔の手が我々の方に忍び寄っていたことにも気づかずに。

 時子の身に異変が生じたのは、このすぐ後だった。
 「声が少しかすれているようだが、風邪かい?」
 「えぇ。2、3日程前より軽い咳が出ておりまして」
 「なら明日にでも病院に行きたまえ。今日はもう早く寝なさい」
 「えぇ。そうさせていただくわ」

 翌日、時子は病院へ赴いた。
 職場から帰宅する私を出迎えた彼女は今までに見たこともない程暗い顔をしていた。
 「具合はどうだったんだい?」
 「風邪では、ないと…」
 「なら、良かったではないか」
 言い終わるが早いか、時子は玄関にしゃがみこみ、おいおい泣いた。
 「どうしたんだい、時子」
 「結核かも、しれないと…」
 「何!」

 私は翌日大学を休み、時子を連れて今出川が在籍している感染症の研究所を訪れた。
 時子が別室にいる間、私は今出川と話をした。
 「こんな形でお前がここに来るなんてな…。まず間違いなく、結核に感染しているな」
 「治す方法は無いのか?」
 「あぁ、特効薬がないからねぇ」
 「どうして時子なんだ…どうして…」
 「お前の気持ちは痛い程わかる。僕だって、もし君枝がそうなったらと思うと…胸が締めつけられる思いだよ」
 「何がどうわかるというのだ!僕と時子との関係は他の男女とは全く異なるものなのだよ!単なる恋人や夫婦じゃない。僕にとって時子は…体の一部なのだよ!」
 「落ちつきたまえ。それもよくわかっている」
 「僕が、あんな姑息な手段を使ったのがいけないのだ。きっとそうだ。そのせいで、時子にバチが当たってしまったんだ…」
 私がそう言うと、今出川はものすごい剣幕で私の頬を叩いた。
 「いい加減にしたまえよ!バチなんてものは存在しない。結核菌というものがこの世にあって、何らかの経緯でその菌が渡邊時子という人の体内に入り込み発症してしまった。あるのはその事実のみなんだよ。時子さんが感染した理由なんて無いんだ。たまたまなのだよ。それくらい、お前の優秀な頭脳を持ってせずとも自明の理ではあるまいか。いや、お前は解かろうとしていないだけだ。現実から目を背けているだけなのだよ!」
 全くその通りで、ぐうの音も出なかった。
 「すまん、少し言い過ぎた。でも、お前がしっかりしないと、時子さんはもっと不安でたまらないのだぞ」
 「いや、全くお前の言う通りだよ。こちらこそ、取り乱してしまってすまない。病気のために何かできることはないのかね?」
 「うーん。まぁ、空気のいいところに移り住んで、ゆっくり体を休めるしかないな…。でも、気を落とすな。結核に罹っても、回復する場合もある。おときちゃんなら、きっと大丈夫だよ」
 「あぁ。来てよかったよ…。あぁ、言うのを忘れていたよ。結婚、おめでとう」
 「ありがとう」
 だが、礼を述べた友人の顔はその言葉とは裏腹に悲壮観に満ち満ちていた。

 「今出川さんは何と?」
 「『まだ初期の段階だから、空気の綺麗なところで安静にしていればきっとよくなる』と」
 「よかった!だったら近江の別荘がいいわ!私あそこが大好き!」
 「そうだね…でもちょっと遠いからね。東京に近いところで探してみることにするよ」
 「そう、長旅には耐えられないのね、私の体は…」
 「いや、そういうわけじゃぁないのだけれど」

 結局、今出川の実家が所有している軽井沢の別荘を借り、そこに移り住むことにした。
 私は事情を説明するために時子の実家を訪れた。
 「時子が、結核…」
 「えぇ。ですので私は一旦大学を辞めて、軽井沢に転居し、向こうで新聞に載せる随筆などを書いて生活しようかと…」
 「渡邊様、これ以上貴方様にご迷惑をおかけするわけには参りません。どうぞ、離縁してくださいまし」
 「母上、そんな…」
 「私からもお願いします。このままではあなたも罹患してしまう可能性だってある。時子は見限って、どうぞ別の方とお幸せになってください」
 「僕には別の方などいません」
 「え?」
 「僕は時子じゃないと駄目なんです。僕にとっては女性イクォール時子、なのですよ。本音を言えば…僕が代わってやりたい。もし僕にうつして、時子の病が治るのというのなら、喜んで病気になりましょう。でも、それすらもできない…。お願いです、僕から時子を取り上げないでください。時子は僕がやっとのことで手に入れた…宝物なのです。だから、この通りです。この通り…」
 私は泣きながら土下座した。
 「貴方様はそこまでして時子のことを…」
 「わかりました。私も軽井沢に行きます。仕事をしながら時子の世話は大変でしょうから、私が身の回りのお世話を致します。それに…」
 「それに?」
 「変わってやりたいのは、私も同じなのでございますから…」
 そう言うと、母上も嗚咽した。父上もきっと心の中で泣いていたに違いない。

 軽井沢へは先に母上が向かい、部屋を整えてくれていた。軽井沢へ向かう車中、時子は努めて明るく振舞っていた。
 「ねぇ、独逸語の辞書を貸してくださらない?」
 「え?」
 「だって、寝てばかりいては退屈でしょう?だから、お勉強しておこうと思って。病気が治ったら、いつでも行けるように準備しておかなくてはね?」
 「君、安静にしていなくては駄目だよ」
 「わかっておりますとも。横になりながら、ちょっとずつ読むだけよ。いいでしょう?」
 「まぁ、そのくらいなら…」
 「ありがとう、あなた!」
 そう言うと、時子は少々むせた。
 「駄目じゃないか、そんな大声を出しては」
 「ごめんなさい。本当に嬉しくて。私必ず病気を治すわ。そしてきっとあなたと独逸へ行くわ」
 「あぁ。きっとだよ」
 「えぇ」
 そういうと、私たちはどちらからともなくお互いの手を強く握りしめた。

~続く~

あぁ、非情な作者を許したまえよ(><)
お正月から、ごめんなさいm(_ _)m