オリジナル小説 「うそ」10

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 それから年が明け、一週間、二週間と経つ毎に、病は彼女の体を蝕んでいった。
 だが、私も時子も、もちろん母上も悲観することはなかった。口には出さずとも、残された時間を明るく、楽しく過ごすことを皆心の中で分かち合ってた。

 「あなた、絵がだいぶお上手になられたわね」
 「そうかい?」
 「だってこれ、木に見えますもの」
 「君…それは家だよ」
 「あら?まぁ、そうなの?これがお家?あははははは」
 「これこれ、そんなに笑ってはまたむせてしまうぞ」
 「よくってよ。むすっとした顔で生きるより笑って死んだ方がマシだわ」
 「時子…」
 「あなたの腕の中で息を引き取れたなら、それほど幸せなことはなくってよ」

 このしばらく後、時子は吐血した。

 「私、死ぬのはちっとも怖くないの。でも、あなたと離れ離れになってしまうのが何よりも怖いの」
 「何を言うか。僕はずっと君のそばにいるよ。だから安心なさい」
 「ありがとう。ねぇあなた、あなたのハンケチをくださらない?」
 「ん?」
 「夜眠る時にあなたを感じていたいから…」
 「だったら、今夜から共に休もうか?僕から母上にお願いして…」
 「いいえ。それはよろしくてよ。ただ、ハンケチをくださいな」
 「あぁ、もちろん」
 私はズボンのポケットからハンケチを取り出し、彼女に渡した。
 「ありがとう、あなた」
 そう言うと、時子は受け取ったハンケチに頬ずりした。そんな時子を私はひしと抱きしめた。

 その翌日、時子は私の前から姿を消した。

 「療養所!何処(いずこ)のです?」
 「それはお教えできません。時子との約束です」
 「母上!私に病気をうつしまいという心遣いは感謝致します。ですが、私は病気など全く怖くはないし、何より時子は私と離れ離れになることを望んではいないはずだ!」
 「いいえ、療養所へは時子から申し出たのでございます」
 「そんなはずは…」
 「わかってやってくださいまし…もうこれ以上、自分のやつれた、みっともない姿を貴方様にお見せするのが辛かったのでございます。いたたまれなかったのでございます。まだ辛うじて美しい姿で、あなたとお別れしたかったのでございます」
 「そんな…では、あのハンケチは」
 「せめてもの慰みだったのでございましょう」
 そう言うと母上は静かに号泣した。私もその場にくずおれ、泣いた。

 それからすぐ、私は東京の叔母の家に身を寄せた。自宅へ戻る気にはとてもなれなかった。
 
 一月後、母上が訪ねて来られた。その表情から私は全てを悟った。
 それは、誕生日パーティを開いた約半年後のことだった。

 「最後の最後まで、時子は貴方様のことを…」
 時子は息を引き取るまでずっと、私のことを呼んでいたそうだ。あのハンケチを頬に当てながら…。
 「お約束をお守りできずに、申し訳ない、とも申していたそうでございます」
 「そう…でしたか」

 私は母上が帰られた後、慟哭した。三日三晩泣き明かした。
 涙が枯れるまで泣き続けた後、ようやく私は覚悟した。すると、嘘のように平静を取りもどすことができた。そのことに周りの誰もが安堵した。

 ただ一人、今出川を除いては。

 「貴様、何を企んでおる?」
 時子の初七日に訪れた今出川がそう切り出した。
 「何の話だ?」
 「とぼけるな。葬儀の際あれだけ取り乱していたお前が、今は何故そんな涼しい顔をしていられるのだ。おかしいではないか」
 「日にち薬だよ」
 「日にち薬、と言うほど時は経っておらんぞ!」
 「だったら、何だっていうんだ?まさか、他の女に心変わりした、とでも言うまいな?ははは」
 「それなら、まだいいさ…なぁ、その選択、お前が考えあぐね、苦しみ抜いた結果導きだしたものだとしたら僕はそれを尊重しよう。だがな…」
 「だが?」
 「それを時子さんが望んでいると思うてか?今一度、よく考えたまえ」
 「今出川、ありがとう。だがな、この結論は…変わらんよ」
 私がそう言うと、悪友は実に寂しそうな顔をして、法要の場を後にした。

 私の結論。それはすなわち『時子の四十九日が終わったら、自決する』というものである。そして、今まさに、実行に移すところだ。
 今、私の目の前には時子の写真とシアン化カリウムの瓶が置かれている。先日大学の薬品庫からくすねてきたものだ。
 時子、安心しなさい。すぐにそちらへ向かうからね。
 この手記を遺書に代えて。
 大正五年卯月五日 渡邊尚』


 手記はそこで終わっていた。なんともやりきれない気持ちで紀子がしばらく佇んでいると、ふいに風が吹き、ページがはらはらとめくれた。そして、数ページ後に、まだ文が続いていることに気づき、再び目を落とした。


 『遺書めいたものを書いた後に、続きを見つけて君はおそらく、私が臆病風に吹かれた、とでもお思いであろう。だがしかし、実際にはそうではない。
 手記をしたため終えた後、服毒しようとしたまさにその時、私の元を訪ねてきた人物があったのである。
 それはきみちゃん、今出川君枝その人であった。

 「渡邊様、今日はこれをあなたにと」
 そういうと彼女は封書を私に手渡した。
 「これは?」
 「時子さんからあなた宛てにと預かっていた手紙です」
 「私に?」
 「えぇ。軽井沢へ行かれる前日に預かりました。『私が亡くなって、ちょうど四十九日経った日に主人へ渡して欲しい』と」
 「え?」
 時子には私の思考回路は全てお見通しのようであった。
 「渡邊様。ここに何が書かれているか、私は全く存じ上げません。ですが、これだけはわかります。時子さんは、おときちゃんはあなたが想像なさっている以上に、あなたのことを心の底からお慕い申し上げていたのでございます。そして、そんなおときちゃん、女としてのおときちゃんを知っているのは、あなた様ただ一人なのでございます。最も幸福だったおときちゃんを、どうか殺さないでくださいまし」
 「君枝さん…」
 「それから、今出川も大層あなた様のことを気に掛けておりますのよ…。不躾な物言い、誠に申し訳ございません。でも…自決なさる前に必ずこのお手紙は読んで下さいましね。きっとですわよ!」
 
 君枝が帰った後、私は時子の黄泉国からの恋文に目を通した。その内容は私の想像を遥かに超えるものだった。
 今、現物は守り袋の中に入れ、二度と取り出すことはない。何故なら、何度も何度も読み返し、一字一句私の頭の、いや胸の中に刻み込まれているのだから。
 だが、まだ幾分時間はある。なので、ここに全文を書き起こすこととする。

~続く~

時子からの手紙を読んだ時、あなたはこの物語のタイトルに込められた本当の意味に驚愕する!かもしれない(照)

次回、最終回です!