ぼくようび~正名僕蔵さんファンブログ~

永遠の憧れ・正名僕蔵さまに不必要な愛を捧ぐ

オリジナル小説 「うそ」11(終)

初めていらっしゃった方で今後も遊びに来てやろうかと思って下さる大変奇特な方は是非「ぼくようびのトリセツ」(https://blogs.yahoo.co.jp/uzukinokimi/36144883.html)も合わせてお読みください。
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いよいよ、今夜、最終回です!
おときちゃんからの手紙には、一体何が書かれていたのでしょうか?



 『前略、愛しい愛しいあなたさま。この文(ふみ)を読まれているということは、私はもうこの世の者ではございませぬのね。どうしてもあなたに謝らなくてはいけないことがございまして、この文をしたためました。本当は私がおばあさんになった後にあなたに打ち明けるつもりでいたのだけれど、私にはおばあさんになれる程の時間は残されていないようだから、私が亡くなった後にあなたにお伝えすることにしましたの。というのもね、私…嘘をついておりましたの。あなたと銀座のキャフェでお会いした時、あなたは「想い人のような人はいないかね?」と尋ねられ、私は咄嗟に「そのような方はおりませぬ」と申しましたが、本当はおりましたの。恋い焦がれ、お慕い申し上げていた方が。それはね、渡邊尚様、そう、あなたさまなのでございます。いつか、「あの公園には思い出がたくさん詰まっている」と申しましたでしょう?それは、あなたさまのことだったのでございます。時子が女学生になって間もない頃、帰り道のあの公園のベンチに腰掛けるあなたをお見かけして、最初は何とも思っていなかったのだけれど、毎日そのお姿を拝見しているうちに、気がつくと、あなたの前を通り過ぎるのが私のささやかな楽しみになっておりましたの。小難しい本を読み耽るあなた。しかめっ面で熟考なさるあなた。自然の移ろいに心惹かれるあなた…。私はあの公園を通る度にあなたの面差しにときめきを覚えたものでございます。夕日に照らされたあなたの横顔にどこか神々しさすら感じておりました。私、どうしてもあなたのことが知りたくて、大学まで後をつけたこともございましたのよ。そこで、大学の方にあなたのお名前と何をなさっている方なのかまでお尋ねして。きみちゃんたちには「大層なおじさまじゃない」と茶化されたものだけれど、私は一度もそう思ったことはございません。あなたの読んでらっしゃったご本を古書店で求めて読んでみたこともございましてよ。あなたは原文で読まれていたけれど、独逸語など全く読めませんでしたので翻訳されたものを買い求めました。時子には難しすぎてちんぷんかんぷんでございましたわ。でも、それでもようございましたの。だって、あなたさまと何かを共有することができただけで、時子は、大層嬉しゅうございましたから。実はね、あなたはお忘れでしょうけれど、私たち、お話したこともあってよ。ある日、私の帽子が風に飛ばされて、あろうことかあなたのお膝の上にひょいと乗ったのでございます。本当に何かに吸い込まれるように、すぽんと。私、もうどうしたらよいかわからなかったのですけれど、お友達からは「神様が与えたもうたご縁よ」と言われて、意を決してあなたの元へ向かいましたの。でも、胸が高鳴って、息が上がってなかなか言葉を発することができなかったのだけれど、どうにかこうにか「ごめんあそばせ」とだけは発することができまして。そのまま引き上げようと思ったのですけれど、でも、やっぱりあなたさまともう少しお話していたくて「そのお召し物、素敵ですね」「よくお似合いよ」と続けましたの。でも、お召し物などどうでもよかったのでございます。もちろん、本当によくお似合いでしたけれども、あなたと言葉を交わせるのなら、何でもようございましたの。その時にあなたがお召しだったのが、あなたのお気に入りのあのツイードのスーツでしたの。私がツイードが好きなのも、あなたがあの時お召しだったからで、もしあの時あなたが麻をお召しだったら麻を、別珍をお召しだったら別珍を、時子は好きになっていたことでしょう。私はそれを契機にあなたさまとお近づきになれれば、と思っていたのですけれども、あなたは全く私など気にも留めないご様子で、以前のように思索に耽っておられて…。何度かお声をかけようかとも思ったのですけれど、あなたのお邪魔になるまい、とそれまで通りお姿を拝見するだけに留めておりましたの。でも、時子はそれだけで十分でした。毎夜、その日のあなたのお姿を思い浮かべて眠りに就くのが私の日課でしたのよ。だけれど、家があんなことになってしまって、私のささやかな幸せをも取りあげられてしまって、毎日絶望しておりましたの。もう、どうでもよくなって、お家のためなら、と身売りも考えていた丁度その折、あなたとの縁談話が舞い込んで来ましたの。渡邊尚というお名前を聞いて、それはもう、天にも昇る気持ちでしたのよ。だって、ずっと長い間恋い焦がれてきた愛しいベンチの君が時子の旦那様になってくださるかもしれないなんて…。本当に時子は夢を見ているようでございましたの。あのキャフェで恐らくあなたさまは時子を、見ず知らずの年上の男性と家の都合で結婚させられようとしている哀れな娘、と、そうお感じあそばされたのでしょうけれど、実はそうじゃございませんでしたのよ。だから、あの時あなたが「指一本触れるつもりはない」とおっしゃられたときはちょっぴり残念だったけれど、でも一生懸命お尽くしして好いてもらえればいつか必ず、と思ったものでございます。家事を頑張って空回りしていたのも、そのせいなのでございますの。でも、何かにつけてあなたのやさしさに触れて、時子はそれだけで満足なのでございました。あなたが寝不足で寝所に参り、それがきっかけで共に眠ることができるようになった折は、大層嬉しゅうございました。あなたが時子の話を興味深々でお聞きくださって、それはもう幸せな時間でございました。実はね、あなたが眠られた後、そっと口づけたこともございましてよ。だから琵琶湖で「ずっとずっと前から好きで好きでたまらなかった」と仰っていただいて、狂おしい程に抱いていただけて、時子は言葉にできない程の喜びを感じておりました。でも、あなたはいつから私のことを好いてくださっていたのでしょう?キャフェでお会いした時?それとも祝言の日?あるいは寝所を一にした頃から?それを伺えないのが非常に残念ではございますが、時子はちっとも自分が不幸だとは思いませぬ。むしろ「日の本一の幸せ者」という見解に変わりはございませんの。もしも、人生をやり直せるとして、あなたさま以外の方と、お子を成し、それなりに平穏で幸せな日々を過ごし、天寿を全うする人生と、あなたさまと出逢い、身を焦がす程に恋をし、そのあなたにこれ以上ないくらいに愛でていただき、短くも艶やかに散っていくこの人生とどちらを選ぶかと尋ねられたら、私は迷うことなくこの、時子の人生を選ぶことでしょう。何度でも何度でも選ぶことでしょう。でも、出来ることならもう少し、あなたと一緒にいたかった。恋い焦がれたあなたさまとやっと一緒になれたのに、もうわずかな時間しか残されていないのかと思うと、やはり胸が張り裂けそうな気持ちでいっぱいではございますが、それでも時子は「日の本一の幸せ者」でございます。安心してくださいまし。私は亡くなった後もずっと、とこしえにあなたさまのそばにいて、片時も離れることはありません。願わくば生きてあなたのそばにおつきしたかったのだけれど…。共に独逸へ行くというお約束も守れそうになくて、申し訳ございません。ごきげんよう。時子』


 この手紙を読み終わった時、目の前の霧がさーっと晴れわたり、じわじわとあたたかい幸福感で体中が満たされていった。
 私はおときちゃんに、帽子の君に、彼女が帽子の君になる以前より慕われていたのだ。時子の私への愛は徐々に育んだものなどではなかったのだ。頭がいいことしか能がない、劣等感の塊だった男を、こともあろうかおときちゃんのような素敵な女性が見初めてくれていたのだ…。

 やはり日の本一の幸せ者は、私の方ではないか!

 私はその足で大学へ戻り、シアン化カリウムをこっそり元の場所へ戻し、時子との約束を果たすべく、準備を始めたのである。

 かくして、私は今、独逸行きの便に乗船している、というわけである。
 もうじき港に着く頃だろうか?この船旅でも思い起こすことと言えばほとんど全て時子のことであった。時子との思い出こそが、我が子、なのである。
 私はもう、日本に帰るつもりはない。時子が私と来たがった独逸に骨を埋める所存である。そして、この手記もかの地の何処かに収まることであろう。だから、誰の目にも触れず、人知れず風化していくのだろう。気づかれたとて大方独逸人だ。およそ日本語なぞ読めるはずもなかろう。
 だが、もし、日本語の解かる独逸人、あるいは、これはほとんど可能性はないが、日本人に読まれる日が来るとしたら、その君に、私が、渡邊尚という人間が、これ程までに、自分が愛した女性に深く愛されていた事実を知っていただけて、満足の至りというところである。

 君よ、悔しかったらこれ程までに美しい恋愛をいたしたまえよ。

 恐らくそれは不可能であろう。いや、する必要もない。何故なら、この美しさは時子の死、によって決定づけられているのだから…。そのような悲しい思いは何人たりともするべきではない。
 長旅と油断していると、もうじき下船の支度をしなければならない頃合のようだ。
 これから後、私をどんな苦難が待ち受けているやもしれぬ。でも、私はちっとも怖くない。何故なら、いつも時子がそばにいて私を支えてくれているのだから…。

 大正五年文月十五日 独逸への船上にて。
 この手記を愛妻・時子に捧ぐ…』


 読了した紀子の胸には安堵と切なさと悔しさと幸福感と羨望と悲しみと、相対する様々な感情が込み上げて、目まぐるしく入れ替わり、混じり合い、涙となっていた。
 昼過ぎから読み始めたのにも関わらず、気づいた頃にはもうすっかり夕暮れ時になっていた。
 カフェのウェイターがいぶかしげにこちらを見ている。刺すような視線を後に店を出たもののすぐに帰宅する気にもなれず、ウンター・デン・リンデンを何とはなしに歩いた。
 渡邊何某もきっとこの通りを歩いたのだろう。彼の目にはこの伯林の街が一体どのように映ったのだろうか?
 きっと、上陸したと同時に彼は

 「時子!Ich liebe dich! 愛してるよ、時子!」
と叫んだことだろう。

 そんなことを考えながら、向こうから歩いて来る人物を何気なく見やると、紀子は激しく動揺した。何故なら、その彼はあの写真の男性、渡邊尚と瓜二つだったのだから。
 「うそっ!」
 紀子が思わずそうつぶやくと、その人物があろうことか紀子に近づいてくる。
 そして、こう話かけた。

 「车站在哪里?」

 その言葉があまりにも意外で、紀子は面食らった。よく見ると、彼の後ろには彼の妻と子どもと思しき人物が続いていた。

 "I’m not a Chinese. I’m a Japanese."
 "Oh,sorry. Where is the station?"

 紀子は駅までの行き方を簡潔に説明した。そしてこうつぶやいた。
 
  「多生の縁、か。ふふふ」
 "What?"
 "No, no, nothing. Have a nice trip!"
 "You too!"

 そう言うと彼は家族を従えて駅の方角へと歩いていった。
 そして、紀子も帰宅の途につこうと歩き始めた。するとしばらくして、誰かに後ろから肩をたたかれた。
 紀子が振り返ると先程の彼がいた。そして、

 "See you again."

 と言った。
 その言葉の社交辞令的性質とは裏腹に、彼の瞳の奥には何とも形容しがたい熱意が感じとられた。

 「Sure.…また来世で、お逢いしましょう」
 そう言って紀子がニッコリ笑うと彼は深く頷き微笑んで、二人は各々の進むべき道へと再び歩き始めたのだった。



 ―あ、もしもし。キャップですか?ありがとうございます。私をベルリン支局に特派してくださって。


~終わり~ 


最後まで読んでくださって、ありがとうございましたm(_ _)m
いかがでしたでしょうか?

ぎーやなさんの脳内でのエンディングはこの曲なんですけど。
よかったら、合わせて聞いてみてね♪


書き終わった頃に毎週聞いてるラジオ番組でこれがかかって

「あの話にぴったりかもしんない!」

って。

二人が別々に歩いてく、画が上に引いて行く、曲流れる、エンドロール、的な?
ここまで押しつけるのはやっぱ、作家失格っすね(笑)

読まれた瞬間、それはもう私の物語じゃなくって“あなた”の物語になるので。

って、ある作家さんの受け売りですが…。