2次創作 相棒 「物理学者と猫~後日談~」 下





元々身の回りのことをこなすのが苦手な上に加齢により輪をかけて億劫になった堀井は退官から5年後、優良老人ホームへ入居することとした。

入居の前日、彼は遙の研究室を訪れた。それはかつて自身が使用していた部屋だった。

「先生から訪ねて来られるなんて、珍しいですね」

コーヒーを差し出す。

「今日は君に、これを渡そうと思ってね。」

古ぼけたノートを渡す。

「拝見します。『量子コンピュータにおけるデコヒーレンス問題について』って、これはかつてここににいらっしゃった、自殺した成田教授の?」
「あぁ…」

そう言うと、彼は成田教授の自殺の経緯について淡々と語って聞かせた。

「そんなことが、あったのですね…」
「私の頭脳はもう、あまり機能しない」
「そんな、とんでもない!」
「もちろん、これからも死ぬまでこの問題に取り組むつもりだ。いや、僕には命ある限り、この問題に取り組む義務がある。だが、君に成田教授や僕の意思を受け継いで欲しいのだ」
「はい。是非、そうさせてください」

老人ホームに入居後も、遙は月に1度程堀井の元を訪ねた。

「先生、見てくださいよ。この惨憺たる解答を!最近の学生ときたら…」
「千葉くん、若者を卑下する発言をし始めたらそれは…年を取った証拠だよ」
「そりゃ、私ももう45ですからねぇ。でも…」
「ん?」
「考えても考えても、考え尽くすということはないのですねー」
「それはその通りだ。思考はそれ自体が目的、なのだからね」
「はい、全く…おっと、いけない。もうこんな時間!」
「何か用事でもあるのかね?」
「これから学会で北海道に」
「千葉くん」
「何ですか?」
「もう、来なくてもいいのだよ」
「え?」
「年寄りなんぞにかまってないで、君は君の人生を生きなさい」
「いえ。これが私の人生、ですから。では」

遙はこの後も堀井の元を訪れ、物理談義に花を咲かせていた。
そして、臨終の時も彼を看取った。

「千葉くん…」
「はい」

手を取る。

「研究を…」
「もちろん。必ず完成させてみせます」
「君に…」
「何ですか?」

口元に耳を近づける。

「君に…出逢えて…よかったよ、遙」
「私も。先生とともに物理に向き合えて、幸せでした」

今際の際、堀井は色々なことを思い出していた。
成田教授との出会い、遙と過ごした時間、そしてあの風変わりな刑事…。

堀井は実に安らかな表情で息を引き取った。黒猫の鳴き声を聞きながら…。

「先生…。物理なんかよりも、ずっとずっと、あなたのことが好きでした…」

遙は亡くなった師の手を取ったまま、その場にくずおれ嗚咽した。


千葉遙教授は還暦を目前に、かつて脚光を浴び、しかし理論に不備が見つかったために非難を受けた、かの研究をついに完成させていた。

世界中から賞賛を浴びた彼女の論文は、このような言葉で締めくくられていた。

“この研究を今は亡き二人の天才、成田知子教授と恩師にして最愛の人・堀井亮教授へ捧ぐ”

~終わり~



いかがでしたか?
お楽しみいただけたでしょうか?

恩師に先立たれ、猫ちゃんもいなくなっちゃった堀井先生がかわいそうで…。

別れがあれば出会いがある。
それが人の世の常。

この世界には無数の世界が重なり合ってるんだとしたら、こういう世界があってもいいかなーと思って、ちょっと書いてみました(^ω^)

来週ぎーやなさんの未見作品が再放送されるようなので、そろそろアーカイブ記事を書きたいところですが、なかなか時間がとれない(><)