前回、のっけから死んでた僕蔵さま…じゃなくて、陣野さん。
今回からはちゃんと生きてますので(笑)
ってか、ぎーやなさん「創作」の中で僕蔵さま殺し過ぎ!
――――――――――
「君、こんな文章書いてちゃ、記者なんかにはなれないぞ!」
榎本千鶴は都内にある有名私立大学の3年で就職活動真っ只中だった。この日はOB訪問で千葉出版を訪れていた。
「どれ?俺にも見せてみろ」
40代半ばの男が横から割って入り、新米記者の手から原稿をひったくって読み始めた。
「言う程悪くないじゃないか…君、名前は?」
「あ、榎本千鶴です」
「じゃぁ、ちぃちゃんな」
「は?」
「で、でも、言葉の使い方が稚拙過ぎやしませんか?」
「確かになぁ。ただ、それは本質じゃねぇなぁ。文章の良しあしってのはそんな枝葉のことを言うんじゃねぇんだよ」
「いや、しかし…」
「だったら、どこを直せばこの文章は良くなる?」
「え、あ、その…」
「そんなことも指摘できないで、よく記者が勤まるなぁ。2、3年先輩なだけで偉っそうに。お前だってまだぺーぺーじゃねぇかよ。こっちはなぁ、お前が母ちゃんのおっぱい吸ってた時からこの仕事してんだよ!」
「あ、あなたみたいな、昼間っから酒の臭いさせてるような人に、言われたくありませんよっ!」
「ちぃちゃん、いいもん持ってるから、腐らず頑張れよっ!」
そう言うと、男は編集部を足早に立ち去った。
「僕は母乳じゃなくって完全ミルクです!」
男の背中にピントのずれた反論を投げる先輩を尻目に、千鶴は彼の後を追った。
「あ、あの!」
エレベーターホールで呼びとめる。
「ん?何?」
「あの、この文章、具体的にどこを直せばいいか、教えていただけませんか?」
「それは、あの先輩に聞くといいさ。後輩の前でメンツ潰されて咄嗟に出て来なかっただけで、アイツも新米とはいえ記者だ。的確なアドバイスをくれると思うぜ」
「いえ。私は…あなたから教えていただきたいんです!」
「まぁ、そこまで言うならいいけど…高くつくぞぉ」
「構いません」
そのまま二人は会社近くの喫茶店へと赴いた。
「君、何か一つ忘れてないか?」
「え?」
「名前」
「いえ、それはさっき…」
「君のじゃなくって、お・れ・の」
「あ、あぁ!お名前は?」
「陣野仁」
「じんのじん?ペンネームですか?」
「いや、親からもらった名前だよ。我が親ながら攻めてるなー、とは思うけどさっ」
「編集部の方…ではなさそうですが…」
よれよれのTシャツにジーパンという出で立ちを見ての発言だった。
「これでも昔はあそこの人間だったんだぜ。でも今はフリーランス。っていうか何でも屋。ありとあらゆる種類の記事書いてる」
そう言うと、陣野は一服した。
「あの…」
「何?」
「タバコ…止めてもらえません?」
「何で?」
「私、苦手なんです」
「それって、そっちの問題でしょ?」
「え?」
「仮にここが禁煙だったとしたら、それはルール違反だから止めなきゃいけない。でも、単に君がタバコが苦手だと言うなら、俺にタバコをやめさせるのではなく、君がこの場から立ち去るべきだ」
「そ、それは…」
「そもそも俺は今、君にお願いされて一緒にここに来ている。ということはガマンすべきなのはお願いされている俺じゃなくって、君、ということになりはしないかい?」
「あ…」
「どうする?帰る?ガマンする?」
「ガマン…します!」
「そうそう、その意気!」
千鶴はこの後、2時間程度、紫煙と格闘した。
「たくさんのアドバイス、ありがとうございました」
「いいのいいの。また、何かあったらいつでもどうぞ」
そう言うと陣野は連絡先の入った名刺を渡して夕暮れの街並みに消えて行った。
陣野仁は身だしなみや生活習慣こそだらしがなかったが、仕事は卒なくこなす優秀な記者として業界では一目置かれる存在だった。
元は千葉出版の社員で、品行方正とは言わないまでも少なくとも昼間から酒を飲む様な事はなく妻もいて人なみの生活を営んでいた。
しかし、あることがきっかけで生活は自堕落になり妻も愛想を尽かして出て行った。
以来、当時既に5年以上別居状態が続いていた。
自身でも述べていた通り“何でも屋”で、有名人のスキャンダルから硬派な社会問題、果ては風俗ルポに至るまでと、その守備範囲は多岐にわたっていた。
優等生で潔癖症の千鶴にとって陣野はいわば“最も近づきたくない種類”の人間であった。だが、その文章は彼女から見ても秀逸で記者を目指す人間として彼を尊敬し、また慕ってもいた。
そんなわけで、千鶴は以来、何度か陣野に教えを乞うていた。
知り合って約半年後、千鶴は陣野に呼ばれて、初めて彼の自宅を訪れた。
~続く~
ワイルドぼくぞー、いかがです?
陣野と千鶴、二人の関係性は今後どうなって行くのでしょうか?
って、“元恋人”って既出ですけどね(笑)