オリジナル小説「或る男の場合」9

ごめんなさい。今回はつらい描写しかないですm(_ _)m

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 現場の状況は凄惨を極め、当時既にベテラン刑事だった権藤にとっても、耐えがたいものだった。
 玄関を開けると血生臭さにむせ返った。場馴れしていない新米刑事が早くも吐き気を覚えたらしく、宅を飛び出して行った。

 目線を下におろすと、夫の信二が仰向けに横たわっていた。胸にはナイフで刺された後が見てとれる。
 そのままリビングへと進むと、色を失った千鶴がうつぶせの状態で硬直していた。彼女の背中には50か所以上の刺し傷が認められ着用していたブラウスは元の色が判別できない程に真っ赤に染め上げられていた。

 遺体をあお向けにすると、彼女は右手に何かを握り締めていた。よくみると、それは自身が身につけているペンダントの先端部分だった。硬直した指先をほどくとそれは、ルビーのペンダントトップであった。
 千鶴は腹部も数か所刺されていた。
 そして、彼女がうずくまっていた下には娘・真奈香の遺体があった。

 その日は丁度、娘の9歳の誕生日だった。部屋はかわいらしくデコレーションされ、ダイニングテーブルには9つのろうそくが立てられたホールケーキやごちそうが殆ど手つかずのままで所狭しと並んでいた。

 現場の状況から事件の経緯は以下のように推察される。

 真奈香の誕生日祝いを始めた矢先、何者かが訪れ、それに応対しようと玄関へ向かった信二がまず、犯人に殺害された。
 そのままリビングへ向かった犯人は、次に真奈香に襲いかかる。その後、千鶴も腹を刺され、息絶えた娘を、しかしそれ以上襲われることの無いようにと、逃げることもせず、上から覆いかぶさり、その体勢で非情にも執拗にメッタ刺しにされた。
 こう考えるのが妥当だろう。

 幸せそうな食卓と惨状との落差があまりにも酷く、捜査員たちの背筋はいつにも増して凍りついていた。

 地元でも評判の小児科医一家を襲った殺人事件は連日センセーショナルに報道された。
 マスコミも現場付近や府警本部に大挙して押し寄せた。

 帳場が立って2日目、着替えを取りに一旦帰宅しようとした権藤の前に、ある男が現れた。
 
 「英千鶴の事件の担当刑事さんですよね?」

 「そうだが…」

 権藤は男の言葉づかいに違和感を覚えた。普通なら“英医師の事件”と表現するところだからだ。

 「あんた、千鶴の知り合い?」

 「東京でフリーの記者をやってる、陣野と言います」

 「陣野?記者…あんたにちょっと話があるんや!」

 「え?」

 そう言うと、権藤は陣野を署へと引き入れた。

 「話の前に、千鶴と会わせてはもらえませんか?」

 「それは構わんが…耐えがたいぞ」

 「どんな姿でも構いません」


 霊安室で変わり果てた姿の千鶴と対面し、陣野は彼女の遺体に覆いかぶさり慟哭した。

 「どうして…どうして!」


 落ち着きを取り戻した陣野は別室で権藤に聴取を受けた。

 「なるほどー。彼女も確か、東京で記者をされていたとか」

 「えぇ。実は私、数か月前東京で彼らに偶然出くわしてたんです」

 「え?」

 顔面蒼白の陣野は、その時のことを淡々と語り始めた。

~続く~

千鶴ちゃん、折角幸せになれたと思ったのに…。

ごめんよm(_ _)m

次は、ちょっと楽しい回想になりますので。