オリジナル小説「或る男の場合」12

寝落ちして、ギリギリ復活しました~(笑)


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 「坂本、何で英さん一家を襲ったんや?え?」

 取調室で権藤がすごむ。
 だが、怯む様子もなく、坂本圭一はしらけた様子で答えた。

 「それは、陣野に聞いとくれ」

 「何?」

 「俺はただ、俺がアイツにされたことをそのままお返ししてやっただけだよ」

 そう言うと坂本はせせら笑った。
 たまりかねた権藤は坂本の胸倉を掴んで、引き上げた。

 「陣野が何した言うんじゃ!」


 陣野はフリーになる前、千葉出版の記者として働いていた。
 そのまま勤めていれば、恐らく彼が長谷川の座についていたと思われる程の非常に優秀な記者だった。
 それが、15年前に突如、社を辞めた理由。それは、彼が書いた一本の記事にあった。

 当時、東京の某有名私立女学校でいじめを苦にし一人の女生徒が亡くなるという事件が発生した。
 彼は丹念な取材を重ね、あるグループの存在を突き止めた。

 それは、進学校としても名高いその学校の中でもとりわけ優秀なメンバーで構成されたグループだった。そして、そこには、自殺した生徒もかつて所属していた。
 しかし、彼女はそのグループのリーダー格だったリエが密かに恋心を寄せていた他校の男子と、そうとは知らずに交際するようになった。
 そのことを知ったリエは激怒。仲間はずれから徐々にエスカレートし、いじめに発展した挙句、耐えきれなくなった少女は自殺してしまった、という可能性を掴んだ。
 義憤に駆られた陣野は、加害生徒の名前こそ伏せたものの、読む人が読めばそれが誰か特定されるような書き方をした。

 そして、その記事がきっかけでリエは、坂本リエは、自殺した。
 記事の内容に誤りがあったわけではない。見ようによっては、自業自得、ということもできるかもしれない。
 だが、それでもやはり、年端もない少女を自分の記事がきっかけで死なせてしまった、という事実は、陣野にとってはあまりにも大きい十字架となった。
 酒が深くなったのはその頃からだった。

 当初、そんな陣野を同情していた妻だったが、生活が荒んでいくのを傍で見るのがいたたまれなくなり、彼の元を去って行った。
 唯一の心の支えだった妻がいなくなり、会社も辞めた。
 だが、書くことだけは止められなかった。人を傷つけ、殺し、自分をも窮地に追いやった“文章を書く”という行為。本来ならば真っ先に捨てるべきものだった。
 それでも陣野は記者であり続けた。彼にとって記事を書くことは生きることそのものだったのだ。


 「娘が死んですぐ、アイツを殺そうと思ってヤツをずっと張ってたんだよ。そしたら、情けない姿に落ちぶれてやがった。だったらこのまま、哀れな姿で生かしてやろう。その方が地獄を味わうだろう、そう思って殺すのを止めた。だが、数か月前、ふらっと立ち寄った喫茶店で、偶然あの男に出くわしたんだよ」

 「それで?」

 「そしたら、幸せそうに笑ってやがるじゃないか。その後、探偵雇って、あの女のこと調べさせたんだ。そしたら、昔陣野といい仲だったっていうじゃないか。でね、良いこと思いついたんだよ。まさに“生き地獄”だな?アハハハハ!」

 「何がおかしい!」

 そう言うと、権藤は坂本の顔面に一発お見舞いした。

 「権藤さん、ヤバいっすよ!」

 新米刑事が慌てて止めに入る。

 「俺は、大事な宝物を殺された。同じことをしてやっただけだよ!」


 坂本はその後も一貫して罪を認め、裁判も一審で死刑判決が下り、控訴することもなく確定。
 事件発生から約5年後、坂本圭一の死刑は執行された。
 執行直前、坂本は奇妙な言葉を残していた。
 
 ―ほんとは違うのになぁ…

 陣野仁という男は、一見がさつに見えて、その本質は繊細そのものだった。
 とは言え、自分のせいで千鶴が死んだ、ということでホームレスに落ちぶれるのなら、その事実を知った直後であるのが普通であろう。

 だが、彼はその後も裁判を傍聴し、何とか記者も続けていたのである。
 それがこのような末路を迎えた理由。それは、あの坂本の最期の言葉にあるのではなかろうか?
 記者だった陣野ならば、あの言葉を人づてに知る可能性は大いにある。
 
 権藤にはそんな気がしてならなかった。

 『ほんとは違う』

 とは、どういう意味なのだろうか?
 坂本は真犯人ではない、ということなのだろうか?

 権藤は三年間、この言葉への違和感を抱えながら生きていた。
 そんな折、ルビーのペンダントを所持していたホームレスが亡くなった経緯を知り、調べた結果そのペンダントはやはり英千鶴のもので無くなったホームレスは陣野仁だったのだ。

 千鶴の死後も尚、記者を続けていた陣野が何故ホームレスになったのか?何か裏があるに違いない。
 権藤が一課を飛び出し、一人で再捜査を始めたのには以上のような経緯があったのだった。


 捜査が行き詰った時には現場百篇、とは言うものの、その現場は既に無くなっていた。
坂本の死刑が確定した直後、事件現場となったはなぶさこどもクリニック兼住宅は取り壊され、現在は更地となっていた。

 と言うわけで、権藤は原点に立ち返ることにした。
 それは“千鶴に対する怨恨”の線である。
 千鶴の交友関係を、大阪時代を中心に徹底的に洗い直すことにした。
 しかし、近所の住人や真奈香の同級生の保護者たちに聞いても、やはり千鶴の評判は良く、これといった収穫は全く無かった。

 彼は次に千鶴が通っていた生花教室の師範、池上八千代の元を訪れた。
 一本筋の通った、矍鑠(かくしゃく)とした老女だった。権藤の背筋が自然と伸びる。

 「あの事件は終わった筈では?」

 「えぇ。そうなんですが、その…」

 「ハッキリなさい!」

 二見にすごまれるより余程怖かった。

 「これは内密にしておいて欲しいのですが、坂本の他に真犯人がいる可能性が浮上しまして、再捜査を…」

 「なんとまぁ…」

 そう言ってため息をつくと、八千代は上品な上方言葉で語り始めた。

 「千鶴さんはとても聡明で、それでいて気さくで、人当たりも良くて、とても人から恨まれるような方ではありませんでした。ただ…」

 「何でしょう?」

 「それこそ、彼女が人から恨みを買っていた点、ということも考えられしまへんか?」

 「どういう意味でっしゃろ?」

 「千鶴さんには非の打ちどころが無かった。美人で性格も良く、家庭も順調でご主人の社会的地位も高かった。近所でも評判の円満家族、でした。不幸な人間からしたら、こないに恨めしい者は他にいてしません」

 「逆恨み、ということですか?」

 「というよりも、独りよがり、でっしゃろか?」

 捜査開始の比較的早い段階で坂本という人物が浮上してしまったため見逃されていたが八千代の指摘は実に的確だった。

 「おっしょはん、誰か心当たりの人物はおられませんやろか?」

 「千鶴さんを恨んでたような人は知りません。ただ、あの事件が起きてからしばらくして姿を見せんようになったお人やったらいますけど」

 「それはどなたで?」

 「川端椿さん、です。後…」

 「はい?」

 「坂本が死刑になったしばらく後にもおたくさんと同じようなことを聞きに来たお方がおりましたが」

 「それ、この人じゃありませんでしたか?」

 権藤が陣野の写真を見せると、八千代は深く、ゆっくりと頷いた。

 「わてが椿さんの名を伝えると、血相変えて出て行かはりました」


 権藤は府警に戻り、早速川端椿なる人物の照会をかけた。

 「なんてこった…」

~続く~

今回新たに登場した川端椿とは一体何者なのか?

次回、驚愕の真実が明らかに!

あぁ、間に合って良かったわい(汗)