オリジナル小説「或る男の場合」4



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 二人は早速、ゴーストライティングの作業に取り掛かった。
 姫野が事前に提出したアンケートを千鶴が手に取り、読み上げる。

 「好きな食べ物・リンゴ、好きな動物・ラーテル…ラーテルって何?」

 「そういう時は、目の前の箱を使えばよろしい」

 と言いながら陣野がパソコンで検索した。

 「えぇっと…ラーテル、食肉目イタチ科ラーテル属に分類される食肉類。愛らしい容姿とは裏腹に気性は荒く、
捕食こそしないもののライオンや水牛などの大型動物に立ち向かうこともある…んだと」

 「へぇ。こんなにかわいらしいのに…。ってか、なんでまたこんな動物が好きなんだろ、めのちゃん」

 「こういうとこで個性出そうとしてんじゃないの?」

 「なるほどー。アイドルも大変ですねー」

 「彼女の決めあいさつ知ってるか?」

 「いや…」

 陣野は椅子から立ち上がると、姫野のあいさつをマネた。

 「みんなの夢のおひめさま。白昼夢アイドル姫野めの、17歳です!」

 ウインクで締めた後、何事もなかったのように無表情に戻り椅子に座り直す。

 「白昼夢アイドルって…他にもっとなかったんですかね?」

 「因みに彼女のデビュー曲は『でぃどりぃむ☆びりぃばぁ』」

 デスク脇を探り、CDを取り出す。

 「聞いてみる?」

 『でぃどりぃむ☆びりぃばぁ』は言わずと知れたモンキーズの名曲“Day dream Believer”の要素を随所に取り入れながらもオリジナル曲に仕立てたものだった。お世辞にも歌がうまいとは言い難い。


 「今日はこれくらいにして…腹減ってない?」

 「減ってます」

 「正直でよろしい。じゃぁなんか作ってやるよ」

 「そんな…いいんですか?」

 「当たり前だろ?仕事手伝ってもらうんだしさー」

 陣野は台所へと向かい、野菜を洗う音や包丁で切る音をリズミカルに奏でながら10分程で下準備を済ませ、ホットプレートをローテーブルにセットした。
 鉄板が温まると、見事な手際で生地を2枚分丸く広げた。

 「お好み焼きは生地が命なのよー。記者だけにな…ククッ」

 次第に部屋全体が香ばしい匂いで満たされる。

 「いただきます」

 千鶴がコテで大きめに切り、勢いよく頬張る。
 この部屋にもすっかり慣れた様子だ。

 「あつっ…ん!んまっ」

 「うまいか?よかったよかった。お前、なかなかの食いっぷりだなぁ。いいぞいいぞ。俺は気取って食わない女はどうも苦手でな…」

 「私だって、異性の前ではこんなんじゃありませんよ?」

 「俺も一応、異性なんですけどー」

 「いや、でも…おじさん、だし」

 「お前、どんどん本性を現して来やがったな?」


 作業は陣野が主となり行った。
 採用された写真それぞれについて、それに見合った内容の文章を姫野の今までの活動やアンケート内容などを元に書き上げた。
 千鶴は姫野の映像資料を確認し、彼女の口癖をピックアップしたり、陣野が書きあげた文章中の若者の言葉遣いに不自然な点が無いかどうかをチェックしていった。

 一通りの作業が終わったのは、約3か月後のことだった。
 

 「まぁ大体こんなところかねー」

 「結構大変でしたねぇ」

 「後は俺一人でちまちま修正してくわ」

 「私、お役に立ちましたか?」

 「そりゃぁ大助かりだったよ。ありがとな。何か、お礼をしないとなぁ…」

 「いえ、そんなとんでもない!私自身大変勉強になりましたし、毎回おいしいごはんまで作っていただけて、もう十分です」

 「お前の望み、叶えてやろうか?」

 「は?」

 千鶴が聞き返すとデスクのPC画面を中腰で覗きこんでいた彼女をおもむろに抱き寄せ、椅子に座る自身の膝の上に乗せると、後ろから抱きしめた。

 「ちょっと、何するんですか!」

 「お前、見かけに寄らず重いんだな」

 「え?」

 「俺もご無沙汰なんだよー」

 「そ、そういうのは、ルポに行ってるとこのお姉さんたちに相手してもらってはいかが?」

 「ほら俺、潔癖だろ?」

 「どこが!」

 散らかった部屋を見渡す。

 「だから、ああいうとこ、無理なんだよ。取材はしてるけど使ったことは一度もないんだぜ」

 「それであんな記事が書けるなんて、さすがですね…って言ってる場合じゃなかった」

 「お褒めに預かり光栄です。それに…」

 「何?」

 「俺、俺に惚れてる女しか抱けないの」

 「ちょっと、それじゃまるで私が…」

 そう言うと、千鶴が気恥ずかしそうに俯く。

 「俺の見当違いかい?」

 「えぇ、全く」

 「だったら何で、さっきから振りほどこうとしないの?」

 「えっ?」

 そう言えば、急なことで動揺したものの陣野を振りほどくことなど千鶴には一瞬たりとも思いつかなかった。

 「気の強いお前さんのことだ。本当に嫌な相手だったら、速攻で振りほどいて相手の股間に蹴りの一発でも食らわせて、とっとと出てってるところだぜ」

 「甘いわね」

 「え?」

 「再起不能になるまで、叩きのめしてやる!」

 そう言うと千鶴は陣野の腕の中でくるりと向き直り、勢いよく口づけた。

 「その勝負、受けて立とうじゃねぇか!」

 今度は陣野が千鶴の唇に吸いつく。だが、その言葉とは裏腹にそれはとても優しいものだった。

 「陣野さん。私、あなたの言う通り…」

 「やめなよ。そんなんは女が言うセリフじゃない」

 そして千鶴の耳元に口を寄せて

 「望んでたのは、俺の方さ」

 とささやき、再び口づけた。

 静かな部屋に椅子の軋む音と、二人の漏らす吐息だけが響く。
 彼らは自分たちの発する音につられて、その激しさを増していった。
 しばらくすると、どちらからともなく椅子を降り、散逸する物たちの合間を縫ってなんとか床に横たわり、続けた。
 

 「ごめんな」

 茫然と空を見つめる千鶴と並んで横たわる陣野がそう呟いた。

 「どうして、謝るの?」

 「いや。ちぃちゃん、経験豊富とは思ってなかったけど、まさか…初めてだったなんて思ってなかったもんだから」

 「そうね。想像してたのとだいぶ違ってた」

 「ホテルの最上階、とか?」

 「まさか。そこまで夢子ちゃんじゃないけど、ここはちょっと…予想外」

 「じゃぁ、やっぱり謝らないと…」

 「でも、予想外に…良かった」

 「お前…。ってか、いつの間にタメ口?」

 「だって、恋人に敬語なんて、おかしいでしょ?」

 「恋人か…なんだかむずがゆいなぁ」

 「じゃぁ、セフレの方がいい?」

 「それなら友人として、より親睦を深めないとなぁ」

 そう言うと、まだ火照りがとれていない千鶴の体を抱きしめる。

  「確かに、高くついたわね」

 「お前のそういうとこが、たまんねぇんだよ」

 「私も」

~続く~

陣野、悪いおやじですねー(-▽-;)

母親としては、許せんな!

←お前が書いてんだろ!