ぼくようび~正名僕蔵さんファンブログ~

永遠の憧れ・正名僕蔵さまに不必要な愛を捧ぐ

オリジナル小説「或る男の場合」11

今回、物語は急展開を向かえます!

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 「あんなに幸せそうだったのに…。俺ね、あの時思ったんですよ。『やっぱり、この男に託して、良かった』って。でも、こんなことになるなら、手放すんじゃなかった」

 そう言うと、陣野は再び嗚咽した。

 「最後に会うた時、何や変わったことはありませんでしたか?」

 「いいえ。何しろ彼女と会うのは10年ぶりでしたから…。俺が知ってた頃よりか幾分落ち着きがありましたが、むしろずっと綺麗になってて…ただただ幸福感に満ち満ちてました」

 「彼女だけ圧倒的に刺し傷が多いんですわ。せやから犯人は千鶴に恨みのある人物と、我々は見てるんですけれどもねぇ」

 「さぁ…最近の彼女のことはよく知りませんので。あの時も、ネガティヴな話は一切ありませんでしたから。あの…」

 「何でしょう?」

 「彼女、ルビーのペンダントつけてませんでしたか?」

 「つけてましたよ。それを握り締めて亡くなってたんで、ダイイング・メッセージの可能性も視野に入れてるんですが」

 「それは、俺がやったもんなんです」

 「そうでしたか…それやったらダイイング・メッセージというよりも…死に際にあんたを感じていたかった。ただそれだけかもしれませんなぁ」

 「そのペンダント、貰えませんか?」

 「今はまだ無理です。でも、事件が解決したら、お引き渡ししましょう」

 「ありがとうございます」

 「これもまだ、お渡しできないんですけれどもねぇ…」

 そう言いながら、権藤は陣野に一冊のノートを差し出した。

 「これは?」

 「開けてみてください」

 陣野が恐る恐る開くと、そこには自分ノが書いた記事の切り抜きとその記事に対する感想が几帳面な字で所狭しと書き込まれていた。

 「ちぃちゃん…」

 そう呟くと陣野は千鶴の字をそっと撫で、ノートをひしと抱きしめた。

 「これのおかげでさっき私のことがわかったんですね?」

 「ああ、せや。彼女にとって、あんたは未だに大事な存在やったんでしょうな…」

 その言葉を聞きながら、陣野は千鶴の言葉を思い出していた。


 ―安心して。私、あなたのこと、ずっと忘れない


 「陣野さんあんた、調べる気でっしゃろ?」
 
 「それは、まぁ…」

 「こちらとしては協力はできん。ただ、止めもせん。あんたの気持ちは、わからでもないからなぁ」

 「ありがとうございます」

 「ただし、何か有力な情報があったら、記事にする前に教えて欲しい」

 「わかりました。元より、記事にするつもりはありませんから。いや、書けない。こんなことじゃ、記者失格ですよね…」

 そう言うと、陣野はチュッパチャップスを咥えた。

 あの日、千鶴たちと分けあった、あの素敵な飴玉を。

 「俺はそういう記者の方が、好きやけどな」

 タバコを燻らせながら権藤は考える。

 この男なら、千鶴を愛したこの男なら、事件の手がかりを掴めるのではないか、と。


 捜査本部は千鶴に恨みを抱く人物の犯行の線で捜査を進めた。
だが、彼女の評判はとても良く、誰かに怨みを買っていた事実も認められなかった。

 一方陣野は、独自に聞き込みを始め、近所のご婦人から興味深い話を耳にした。


 「ストーカー?」

 「ちゅうんでっしゃろか?ここ最近、怪しい男がシロクマ先生んとこ、うろついて」

 「どんな男でした?」

 「そうやねー。年はお宅と同じくらいかなぁ。背は低くて…そう言えば、足引きずってました」

 「足を?どっちかわかりますか?」

 「いやー、そこまでは…」

 足を引きずった小柄な男…陣野は胸やけを覚えた。


 この情報を権藤に伝えると、陣野はその足で現場へと向かった。花を手向けるためだった。

 「生きてるうちに、やりたかったよ…」

 自然発生的に形成された献花台に百合の花を供え、手を合わす。
 すると思い出されるのは意外にも、幼い少女の姿だった。

 ―真奈ちゃん、おじさんのお料理も食べてみたい!
 ―じゃぁ、今度食べにおいで
 ―やったやったー

 愛した女の、子どもだった。
 自分の子ではなかった。
 だが、その昔、深く、強く、愛し合った女が産んだ子どもだった。
 あの子は、かけがえのない女を幸せにしたい一心で、自分の気持ちを偽って、諭して、なだめて、やっとのことで諦めた、その一つの結果だったのだ。
 最早、自分の子どものようなものではないか。
 いや、自分の子ども以上に尊い存在だった。
 無垢で、清らかで、汚れを知らない。
 端々に色をつけた、大人の会話に気づきもしない、純粋な魂。
 もう二度と、あの無邪気な笑顔を見ることはできない。


 涙が一筋、ただ一筋だけ頬を伝った。
 どれほどそこに立ち尽くしていたのだろうか?
 夕日に照らされた、若手医師の“夢の跡”を去るべく振り返ると、そこには、数時間前に脳裏をよぎった、忌々しい姿がこちらを見て立っていた。
 陣野の動悸が早くなる。気が遠くなりそうなところをやっとのことで押さえている彼に、その男がずんずんと近づいてくる。
 左足を引きずりながら…。

 「陣野さん、お久しぶり」

 「お前…」

 「あんた俺のこと“お前”なんて呼べる立場か?あ?」

 男は既に、陣野の顔すれすれのところまで近づいていた。

 「坂本さん…あんた、何したんだ!」

 「ヒヒヒ。俺が犯人だと思うてか?」

 「違うのか?」

 「そうだよ」


 それは戦慄の四文字だった。数時間前、権藤に目撃情報を伝えた時、心当たりがあることを黙していた。それは、もしそれが事実なら、陣野にとって、あまりにも受け入れがたいものだからであった。
 陣野の叫び声が、夕暮れの住宅街に響き渡る。


 千鶴は、英一家は、陣野仁のせいで殺されたのだ。

~続く~

 陣野の前に現れた坂本とは一体誰なのか?坂本は何故英一家を殺害するに至ったのか?
 次回、明らかに!